【東海道グルメ】江戸時代のバズり飯!川崎宿・万年屋の名物「奈良茶飯」を実際に食べてみた!

こんにちは!東海道女子ひとり歩き旅を楽しんでいる「ともも」です。

「第6区:六郷の渡し~川崎宿」のルートガイドの記事の中で、チラッとご紹介した川崎宿の大人気グルメ「万年屋の奈良茶飯」

江戸時代の旅人たちが「ワラジを脱ぐのも忘れて食べた」と噂のソウルフードを、なんと現代に再現して販売している老舗があると聞き、さっそくゲットしてたべてみました!

目次

宿場町イチの大出世茶屋!「万年屋」ってどんなお店?

実食の前に、まずはこのグルメを生み出した「万年屋」についてちょっとだけおさらい。知れば知るほど、江戸時代のビジネスの縮図のようで面白いお店なんです!

万年屋は、もともとは多摩川を渡ってすぐの場所にポツンと構えた、本当に小さな一膳飯屋に過ぎませんでした。
ところが、そこで出し始めた「奈良茶飯」が「とにかく美味しくて元気になる!」と街道中で大評判に。
口コミが口コミを呼び、なんと最終的には大名行列のお殿様がランチ休憩に立ち寄るほどの、宿場町ナンバーワンの格式高い茶屋(のちに旅籠)へと大出世を遂げたのです。

当時の盛り上がりぶりは凄まじく、江戸時代のガイドブック『江戸名所図会』には、広い店内にたくさんの旅人がひしめき合っている様子がリアルに描かれています。

あの『東海道中膝栗毛』で弥次さん・喜多さんが万年屋の奈良茶飯を食べるシーンが描かれたことがきっかけとなり、全国にその名が知れ渡りました。

幕末になると、日本にやってきたアメリカ総領事のハリスも本陣ではなくここに宿泊。あと皇女和宮も訪れたという言い伝えも残っています。
このことから当時の宿泊施設としても最高峰のクオリティだったことが伺えます。

そもそも「奈良茶飯」ってどんなもの?

そんな万年屋を大繁盛させた「奈良茶飯」ですが、よく「お茶漬け」と勘違いされがち。
でも実はこれ、お茶をかけてサラサラ食べるものではなく、勝栗、小豆、炒り大豆や栗などをお茶の煎じ汁で炊き込んだ炊き込みご飯なんです。

もともとは奈良の東大寺や興福寺といったお寺で食べられていた精進料理だったのですが、それが川崎まで伝わってきたのだと言います。

これに、お店のすぐ裏を流れる多摩川(六郷川)で獲れた新鮮な「しじみの味噌汁」と、お口直しの「奈良漬」をセットにして出すのが万年屋の鉄板メニュー。
手早く食べられておいしく、長旅でクタクタになった足腰に栄養満点であることから、当時の江戸っ子たちに大バズりしたわけです。

大正2年創業の老舗「東照」さんで現代版をゲット!

そんな歴史的グルメを今に伝えるのが、川崎宿の旧東海道沿い(東海道かわさき交流館のすぐ近く)にある老舗和菓子店「東照(とうてる)」さん。

店内でもいただけるのですが、私はお持ち帰り用の「冷凍・奈良茶飯風おこわ」を購入しました。
お家に帰って、さっそく温めていただくことに!

いざ実食!気になるお味は?

見た目は、栗や大豆、小豆がゴロゴロと入っていて、とっても具だくさん。 さっそく一口食べてみると……

「もっちもちで、甘くて、栗いっぱい入ってて、めちゃくちゃ美味しいーーー!!」

本来は炊き込みご飯なのですが、「奈良茶飯風おこわ」でもち米が入っているので、食感がもちもち。
また栗も栗の甘露煮が用いられている為、甘いです。例えるなら、甘い「栗おこわ」。

自分はすごく好きで、おいしいなぁ~と思ったのですが、もち米の餅のもちもち感と栗の甘露煮の甘さが主な要素で、それが本来とは違う部分となると、本当の「奈良茶飯」とはだいぶかけ離れているものなのではないか?と思ってしまいました。

とももの実食まとめ&プチ考察

江戸時代の「バズり飯」の現代版は、令和の今食べても文句なしに大満足の絶品グルメでした!

でも、ここでちょっと東海道ウォーカーとしてのプチ考察。
本来の江戸時代の奈良茶飯は「お茶、大豆、塩」でさっぱり炊いた炊き込みご飯だったと言われているので、このもちもち感や甘露煮の甘さは、きっと現代の私たちが「一番美味しい!」と感じるようにアレンジされたもの。
「和菓子屋さんならではの、最高に贅沢な令和の栗おこわ風アレンジ」なんだと思います!

当時の旅人が食べた素朴な味に思いを馳せつつ、現代の技術でさらに美味しくなったおこわをいただけるなんて、なんだか二度美味しい体験をした気分。

川崎宿を歩く際は、ぜひ歴史散策のお供に(またはお土産に!)東照さんの奈良茶飯をチェックしてみてください!

以上、川崎宿の伝説のソウルフード実食レポでした!

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