みなさん、こんにちは!東海道五十三次をトコトコとひとり歩き中のとももです。
第10区となる今回は、京急「神奈川駅」から、いよいよ次の宿場町、相鉄「天王町駅」へと向かいます!
今回のルート、実は歩いてみると結構アップダウンがあって、「これぞ街道歩き!」というちょっとしたハード感が味わえる見どころ満載の区間なんです。
かつて旅人たちが息を切らせて上った坂道や、幕末に作られた臨戦態勢の関門跡など、歩いてみないと気づけないおもしろい地形や歴史スポットが次々に登場しますよ!
それでは、歴史の坂道を越えて保土ヶ谷宿へ向かって、トコトコ出発でーす!
京急神奈川駅から東海道歩きをスタート


京急「神奈川駅」を出て、青木橋を渡ります。

信号渡ってから2つ目の細い道に入っていきます。
分かりにくいですが、万が一、一つ目の道で曲がってしまってもこの道に合流しますので大丈夫です(笑)


大綱金刀比羅神社が右手に現れます。
もとは飯綱社と言われ、境内後方の山上にありましたが、その後現在の場所に戻り、琴平社を合祀して、大綱金刀比羅神社となりました。
そして、かつては金刀比羅神社の街道両脇に、日本橋から七つ目の一里塚が置かれていました。
通常はマツやエノキが塚に植えられましたが、ここの一里塚には桜が植えられていたそうです。

ちょうど春に行ったので、桜が咲いていました。
もう片方の一里塚はちょうど手前の桜のあたりかなーなんて思いました。


大綱金刀比羅神社を通り過ぎると坂道が始まりますが、途中で今回の最大の見どころスポット「割烹 田中家」があります。
「田中家」は神奈川宿がにぎわっていた当初から続く唯一の料亭です。創業は文久三年(1863)です。
安藤広重の「東海道五十三次」に「さくらや」と書かれた旅籠が描かれていますが、さくらやは田中家の前身です。
またこの田中家には坂本龍馬の妻の「おりょう」さんが勝海舟の紹介で働いていたと伝えられています。
英語が話せて、月琴も弾けたそうで、外国人の接待に重宝されていたようです。


そんな田中家があるこの坂道一帯(台町)の賑わいは、江戸時代のベストセラー弥次さん喜多さんの旅日記『東海道中膝栗毛』にも登場します。
「たどり行くほどに金川(神奈川)の台に来る。ここは片側に茶屋軒を並べ、いづれも座敷二階造、欄干つきの廊下、桟などわたして、浪うちぎはの景色いたってよし。」
——十返舎一九『東海道中膝栗毛』より
田中家と目の前の坂道を眺めていると、かつての東海道の面影が今もそこに、ほんのりと残っているのを感じます。
安藤広重の浮世絵『東海道五十三次』を見ても分かるように、当時はこの田中家さんのすぐ裏側まで海が迫っていたのだそう。
つまりこの辺りは、きらめく神奈川湊を贅沢に見下ろす、旅人たち憧れの超・景勝地だったんですね。

さらに坂道を上がっていきます。


上がり切るくらいの所の右手に「神奈川台の関門跡」があります。
開港後、外国人が相次いで殺傷され、各国の領事たちから激しい非難を受けた幕府は、横浜周辺の主要地点に関門や番所を設けて、警備体制を強化しました。
神奈川宿の東西にも関門が設けられ、こちらは西側の関門です。

坂を下っていきます。


「上台橋」という橋を渡ります。
かつてこのあたりは海辺の道だったそうです。この写真の先が海だったわけです。

橋を渡ってから歩いていくとひっかけポイントに着きます。
「臨海セレクト」の看板がある建物の左側が東海道ですので、右に行かないように気を付けてください。
目印はセブンイレブンです。


「臨海セレクト」の看板の前の木の所に一応「旧東海道碑」があります。

ひたすら歩きます。当分みどころスポットはないです。

横断歩道がない所までやってきたら歩道橋を渡ってください。
渡ったら公園の脇の細い道を入っていってください。(結構ひっかけポイント多いので注意です)

こんな感じの道を歩いていきます。


ずっと歩いていくと右手に赤い柱の「職人が移住してきた芝生村碑」が現れます。
開港以降、この辺りの芝生村は稼ぎ場として移住者が多くやってきたそうで、移住者名簿を見ると、食麩、升酒小売、水茶屋、舟乗、大工、紺屋、提灯張、木具、髪結、湯屋、看板書などの職人が多かったようです。

さらに歩いていくと「追分」の案内があります。ここで八王子道と東海道が分かれます。
開港以降は八王子方面から横浜へと絹が運ばれるようになり、「絹の道(シルクロード)」と呼ばれたそうです。


「松原商店街」を通っていきます。昔ながらの感じが良いですよね~
正直これまで通ってきた商店街は寂れている所ばかりでしたが、ここはめちゃくちゃ賑わっていました。

商店街抜けてもまっすぐ歩いていきます。

少し歩くと左側に「江戸方見附跡」の説明板があります。
江戸方見附は宿場の江戸側の出入口に設置されたので、つまりここから「保土ヶ谷宿」。
神奈川宿と保土ヶ谷宿近すぎるー

「シルクロード天王町」と書かれた街灯見つけました。天王町商店街の別称みたいです。

また少し歩くと右手に「橘樹神社」があります。
文治2年(1186)源頼朝が天下の平和を祝い、国中の大小の神社に幣を奉納し、祭祀の典を行った際に創建されたと伝えられています。
京都の衹園社(現在の八坂神社)の御分霊をお迎えし、お祀りしていることから、当時は衹園社と呼ばれていましたが、時代を経るごとに牛頭天王社、天王宮、橘樹社と社名が変わり、現在の名前になったそうです。
ちなみに祭神である「牛頭天王」が、「天王町」の地名の由来となっています。


帷子橋を渡ると相鉄「天王町駅」に到着です。
相鉄「天王町駅」がアクセス的に都合が悪い場合は、「上台橋」から横浜駅に行くか、次回で通る保土ヶ谷駅まで歩いてもOKです。お疲れ様でした!

